スポーツで世界平和を目指している男がいる。辻秀一46歳。スポーツドクターにして、4つの会社と1つのNPOを運営する経営者でもある。いち内科医から始まり、壮大な夢をもつに至るまでに何があったのか。辻氏にとって仕事とは何か、「よく生きる」とはどういうことなのか、熱く語ってもらった。
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| スポーツで世界平和を目指している男がいる。辻秀一46歳。スポーツドクターにして、4つの会社と1つのNPOを運営する経営者でもある。いち内科医から始まり、壮大な夢をもつに至るまでに何があったのか。辻氏にとって仕事とは何か、「よく生きる」とはどういうことなのか、熱く語ってもらった。 |
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スポーツで診る
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| 辻氏が代表を務めるエミネクロスグループのバスケットボールチームとチアリーダーのみなさん。(写真中央右側のブルーのシャツに白いセーターを羽織っているのが辻氏/写真提供:辻秀一氏)※クリックで拡大 |
僕の職業は「スポーツドクター」ですが、いわゆる「スポーツ選手を診る医者」ではありません。僕の目指しているのは一人ひとりの「クオリティ・オブ・ライフ」(以下QOL)の向上で、それをスポーツという手段で実現したい。つまり「スポーツを診る」ではなく「スポーツで診る」ということを実践しています。
QOLとは、「生活の質」、「命の質」という意味ですが、個人個人のQOLが高まると、家族や会社などその個人が所属しているコミュニティのQOLも高まる。それをどんどん推し進めていけばいずれは日本が良くなり、世界平和だって実現できる。本気でそう信じているんです。つまり「スポーツを通じた社会貢献」が僕の使命だと思っています。
そのQOLの根幹にある4つの心のビタミンが、「元気」・「感動」・「仲間」・「成長」なんです。これらがないと人間のQOLが低くなる。今の世の中QOLが低い人が多いけど、みんなこの4つが足りてないと思うんですよ。
その4つの心のビタミンを与えたり高めてくれるのがスポーツなんです。欧米ではスポーツは文化として認識されていて、いろんな文献を読んで考え、僕なりにまとめた結果、『スポーツは「医療」であり「芸術」であり「コミュニケーション」であり「教育」である』という考えに行き着いたんです。これって僕が大事にしている4つの心のビタミンとぴたっと一致するんですよね。「医療」だから「元気」、「芸術」だから「感動」、「コミュニケーション」だから「仲間」、「教育」だから「成長」という具合に。
だからやっぱりスポーツがQOLを高めるための入り口や手段としてもっとも適しているという確信を得たんですね。これは僕の理念にもなっているんです。その理念の先にある究極の夢がスポーツによる世界平和の実現なんです。
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スポーツをキーワードに5つの事業を推進 |
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こういった理念の下、人、社会のQOL向上を目的としてスポーツをキーワードに5つの事業を推進しています。「エミネクロス・メディカル・クリニック」ではカウンセリングやメンタルトレーニングという手段を使って、人々のQOLを少しプラスにもっていくことを目的としています。国内のトップアスリートをはじめ、音楽家・芸術家、子育て中のお母さん、OL、受験勉強中の学生など、多種多様な人々のQOLを向上させるためのメンタルトレーニングを1対1で、個人やチームを対象に行っています。
「NPO法人 エミネクロス・スポーツワールド」は「スポーツは医療、芸術、コミュニケーション、教育である」「スポーツは元気、感動、仲間、成長を促進してくれる」という僕の理念を共有できる人たちと、年齢、性別、所属しているコミュニティの枠を取っ払って、「する、見る、聞く、読む、話す、支える」など、競技にとらわれないさまざまな形のスポーツを行っています。
「株式会社 東京エミネクロスクラッシャーズ」は東京初のプロバスケットボールのチームをつくるために立ち上げたバスケの会社です。現在は国内トップクラスのクラブチーム「エクセレンス」、車椅子の人たちの「ノー・エクスキューズ」、耳の不自由な人たちの「ラフ」などのバスケットボールチームに加え、小・中学生を対象としたチアリーディリング塾もあります。子供から大人までQOLを高め、豊かな人生を送ることを目的とした「理念共有型のスポーツクラブ」として運営しています。
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| 実際に子供たちに対してバスケの指導もしている辻氏 |
「株式会社 エミネクロス・クリエイツジャパン」ではこれまでスポーツの世界で培ってきたメンタルトレーニングをビジネスの世界に応用・展開しています。カンパニー・チーム・ドクターという新しい概念を打ちたて、企業に勤める全社員に対してメンタルトレーニングを行っています。
その4つの組織の中心にあるのが「有限会社 オフィス・ドクター辻」で、グループ全体の戦略・意思決定を行うシンクタンクです。ここにいろんな情報が集まってきたり、ここから僕のアイデアが生まれていくので、人間で言えば脳のような機関です。また講演、取材、執筆など、僕にしかできないことを行っています。
まとめると、僕自身である「オフィス・ドクター辻」が中心にあって、その周りにクリニック、スポーツNPO、バスケットボール、ビジネスメンタルトレーニングがあり、すべてが相互に有機的につながっているというのがエミネクロスグループなんです。それらはすべて「スポーツによって、人々のQOLを向上させ、日本をよくしたい」という大きな目的に向かって活動しているわけです。
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まず医療の世界で叫ばれ始めたQOLの重要性。では一般社会の中で通常の人々のQOLを向上させるためには具体的にどうすればいいのか。なぜQOLを向上させることが日本をよくすることにつながるのか。そもそも辻氏にとってよい日本とはいかなるものなのか──。
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「自分のため」が「他人のため」につながる |
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まず僕は個人にフォーカスするべきだと思っています。もっとみんな自分を大事にして、自分のために生きるべきなんですよ。なぜなら本当に自分のためを考えて生きることが、仲間のために働いたり、生きることに当然なるからです。
スポーツで言えば、自分のことを本当に考えてるから相手にパスするんですよ。それでチームが勝てば自分がうれしいから、結局自分のためになるんですよね。逆に本当に自分のことを考えていない人はパスしない。だから自分にも回ってこなくて結局負けて悔しい思いをするんですよね。
こういう本当に自分のことを考えられる心の状態を「フロー状態」と呼んでいます。この状態はQOLが高い心の状態とも言えるわけで、これこそ僕らが目指している心の状態なんです。
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揺らがず、とらわらず |
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もう少し詳しく言うと、フロー状態とは何ものにもとらわれず、揺らがないという心の状態で、豊かに生きるためにすごく大事なんですよね。日常生活では不快なことや嫌なことがよく起こるし、そうなると気持ちが暗くなったり、かき乱されたりするじゃないですか。だけど常に心がフロー状態であれば、嫌なことが起きたとしても揺らがず、とらわれないからいつも元気で輝いて生きていられるんです。
これが集団になるともっと強くなります。集団というのは、まず一人ひとりが自分で自分の元気をつくるという責任を果たすことで、おのずとチームワークができます。そこに目標さえぽーんと出せば、みんなフロー状態だから個人的なことにとらわれないし、その目標に向かって自然と団結して進んでいけるんです。
逆にフロー状態じゃない人は、嫌なことがあると「今日は最悪なんだよ」とか、嫌なことを言われたら「あいつ嫌なヤツだな」って、すぐ落ち込んだり、暗い気持ちを長く引きずっちゃう。こういう状況に左右されやすく、状況依存性が強い人は、自分の心なのに自分でつくれてないんですよね。だから常にストレスフル。
そういう人ばかりの集団であれば、みんなが何かにとらわれて、揺らいで、機嫌を損ねて、元気がなくて、常に周りを気にしているから、リーダーが集団としての目標を掲げてもみんなのモチベーションは上がらない。しょうがないから無理矢理目標を達成させるためにノルマを課さざるをえなくなる。ノルマのために働かされてるという意識では当然集団としてのパフォーマンスは上がりませんよね。しかし、これが今の社会構造なんだと感じています。
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フロー状態を作り出すヒントがスポーツにある |
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| 辻氏のオフィスに掲げられている“5つのルール” |
たいていの人は日常生活の中で、多かれ少なかれ、ストレスとフローの間を行き来しています。だけど、自分でフロー状態をつくることができるようになれば、いつも元気で輝いていられますよね。そういう人が増えれば、その人が属している家庭や会社が元気になります。本当に自分のことを考えて自分のQOLを豊かにしていく生き方が分かれば、当然他人にも与えられるようになるし、それによって周りも元気になりますから。
そんな家庭や会社が増えれば社会がよくなり、いずれ日本がよくなる。これが僕の目指しているもので、自分で自分の心をフロー状態にするための方法をスポーツという素材を使って提案、実践しているんです。
実際にスポーツをしなきゃダメなのかというと、そうではなくて、スポーツを見る・読む・支える・話すなど、直接触れる方法はいくらでもあるわけです。またスポーツという素材から出た医学や心理学を通して、自分の人生を豊かにする生き方を見つけることだってできます。例えばスポーツ医学によってライフスタイルを健康的にしていくというのもひとつの方法です。
そういうことを通して、まずは日本が良くなったらいいなと思ってますね。僕は政治家じゃないからトップになって日本を動かすということじゃなくて、自分のできる範囲で個にフォーカスを当てて活動していこうと。でも日本全国1億3000万人をよくしたいというと、やっぱり先は長いから、時々、本を書いたり、講演会をしたり、雑誌やテレビなどのメディアに出たりすることで、より多くの人々に日本をよくしたいという僕のビジョンとミッションが伝えられたらいいなといつも思ってます。
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「自分のために生きる」という責任 |
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僕が考えるよい日本とは、一人ひとりが自分のために生きるという責任を果たしている状態です。そうなれば自然と他人のために生きられるようになる。「自分のため」を突き詰めれば絶対他人のためになりますからね。
常々思っているんですが、日本はそもそも独自の宗教がない割にはなぜか昔から道徳観が強い国ですよね。聖徳太子が唱えた「和をもって尊しとなす」という何か目に見えない不文律を、我々は言わなくてももてているような気がするんです。「フロー」という理論はアメリカで生まれたものですが、神様がいて愛があるというのではなくて、日本だからこそ、自分のためにも人のためにも、個と集団のバランスをうまくとって生きることができるんじゃないかなと思ってるんです。
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今でこそ世の中をよくしたいという社会的なビジョンをもっている辻氏だが、その壮大な夢はつい10年前にはっきり自覚したという。高校時代に最初に憧れをもったのは、全く違う世界だった。
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最初の夢はエネルギー研究者 |
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今の仕事を始める前は慶應大学病院に勤める内科医でした。実家は代々医者の家系だったんですが、最初から医者になりたくてなったわけではないんです。親父も医者になれなんて一言も言ったことがなかったですしね。実は高校3年生まで医者になる気は毛頭なく、エネルギー問題に強い興味をもっていたんです。そもそも物理が好きだったということもありますが、医者って基本的に一度に1人しか助けられないじゃないですか。だけどエネルギー問題を解決できれば、人類を救えますよね。だからエネルギーとか原子力を研究する分野に行きたいなと思って、高校3年生の夏休みくらいまでは、京都大学の理工学部を目指してたんですよ。
でもその夢は現実を知ってあっさり捨てました。今でも覚えてますけど、高3の夏休みが終わって、真剣に受験について考えたときに、エネルギー問題の物理学者は、自分には無理なんじゃないかなと思ったんです。というのは、僕が通っていた高校は1学年180人くらいいたんですが、毎年その内60人が東大に合格するような受験校でした。さらに30人は医学部へ行く。だから学年の半分くらいはだいたい東大か医者になるんですね。
だからクラスにむちゃくちゃ頭のいいやつ、勉強しなくても成績上位でこいつすげえなって思う、それこそ天才レベルのやつがたくさんいたんです。研究者っていうのはそういう本当に頭がいいやつ、勉強が死ぬほど好きなやつじゃないとなれないんじゃないかなって。自分のことを考えたときに、当時学年で40番くらいだったし、俺は勉強もそこまで好きじゃないなと。そこであっさりエネルギー関連の研究者を目指すのはやめようと思ったんです。
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「人のため」で医師に目標変更 |
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夢がなくなってこれからどうしようと考えたところ、僕と同じレベルの成績だったクラスメイトはみんな東大へ行くって言ってたけど、僕は身内や親戚にサラリーマンがひとりもいなかったので、東大を出てサラリーマンになるというイメージがどうしてももてませんでした。
そんなとき、頭に浮かんだのは医師という職業でした。そもそも人が好きだったので、「人類を救うエネルギー問題の研究ができないとなると、何か他に自分が人のためにやれることは何だろう」と考えたところ、「医者だったらできるかな」とわけもなく思ったんです。そこから医学部を目指すことにしました。
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バスケットボールで大学を決める |
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中学校からバスケットボールをやり始めたのですが、すぐ大好きになって、高校でも3年の秋くらいまでバスケに打ち込んでいました。だから大学に入ってもどうしてもバスケをやりたかったんですが、ただやるだけじゃなくて、ある程度高いレベルでやりたかったんです。
だからバスケ部のレベルが高い大学、自分もレギュラーに入ってインカレを目指せるようなバスケ部がある大学の医学部を受験しようと探したところ、最適だったのが北海道大学だったので、北海道大学の医学部に進むことにしたんです。
だから僕は、元々命を救いたいとか人を助けたいという強い動機があって医者を目指したわけじゃないんですね。エネルギー研究者になるのが自分には無理だとわかった時点で残る選択肢は一番身近な医者しかなかったと。だから消去法で選んだようなものですね。医学部を選ぶのだってバスケだけで決めてるし(笑)。
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| 現在でもバスケをプレイしている辻氏 |
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手術が嫌で内科医に |
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医学部時代もバスケ三昧でした(笑)。でもスポーツドクターとか全然考えもしなくて、卒業後は普通の内科医になろうと思っていました。スポーツ好きな人は整形外科を目指す人もいましたが、僕は手術が好きになれなかったんですよね。
今でも覚えているのは、整形外科で行った先天性股関節脱臼の女の子の手術。ノコギリで骨を切って、セメントで人工関節を埋めたりするのを見て、俺はこんなのやりたくないなと思ったんです。人体をモノのように切ったり貼ったりする外科医じゃなくて、やっぱり人間を総合的に診て考える内科医になりたいと思った。それで慶應大学付属病院の入局試験を受けて、内科医として働き始めたんです。
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25歳でいよいよ医師としての第一歩を踏み出した辻氏。これからは人のために──。しかし理想と現実のギャップは想像以上に大きかった。
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医師の運命はくじ引きで決まる |
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入局後、最初の2年間は研修医として働くんですが、むちゃくちゃ忙しい割に無給なんです。それが終わると、系列病院に2年間出張に出されるんです。出張病院ってどうやって決めるかと言うと、クジ引きで決めるんですよ。同級生40人くらいでクジを引くんです。
僕らが出張病院に求める条件は、まず一番は立地。東京近辺の病院が人気が高い。誰だって最先端の技術と情報が集中して、人も多い都心の方がいいに決まってますからね。
2番目の条件は給料。もちろんたくさんもらえたほうがいいですよね。なんたって研修医時代は無給ですから。一応病院からは3万円の月給が支払われるんですが、それも寄付しなきゃなんない。だからみんな仕送りとアルバイトで暮らしてるんですよ。
3番目は症例数。いい医者になりたいから、できるだけ多くの患者を診たいわけです。やっぱり経験を積めば積むほど医者としてのレベルは上がって行きますからね。
この3つをみんな求めてるんですけど、だいたいこの3つがそろっている上のランクの病院は3分の1しかないんです。真ん中の3分の1は2つしかない。東京にあって症例数は多いんだけど給料が安いとか、給料は高くて東京なんだけど症例数が少ないとか、何か1つが欠けてる。下の3分の1にいくと、1つしかないんですよ。また、自分が行きたい科がその病院にないとか。だからね、医者の人生ってクジでけっこう決まるんです。(※1)
僕の場合は幸運にも8番が引けて、3つの条件がそろった川崎市立病院に出張できることになりました。何より、研究したいと思っていたリウマチの分野の優秀な先生方がいて、症例も多かったことがうれしかったですね。うちの親父が東海大学の移植免疫学の教授だったこともあり、免疫に興味を持っていたので、リウマチ内科に行きたいと思っていたからです。でもこの病院で働くうちに、現状の医師という職業に疑問をもつことになったんです。
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※1 医者の人生ってクジでけっこう決まる──辻氏の同級生の中には、消化器の専門医を目指していたが、クジ引きで決まった出張先が結核専門の病院という医師もいた。当然2年間は結核のみの診察・研究となるので、胃カメラひとつ経験できない。そんな医師が消化器の専門医になっていくのは難しいので、やむを得ず呼吸器の専門医になった。こんなケースは枚挙にいとまがない。
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運良く3分の1の中に入り、希望条件を満たす病院へ出張できたにもかかわらず、なぜ医師という職業に疑問をもったのか。辻氏が直面した現実とは──。
次回は辻氏の運命を大きく変える最初のきっかけとなった気づきに迫ります。乞う、ご期待!
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1961年生まれ、46歳。東京都出身。「スポーツで社会貢献」という理念の下、4つの会社、1つのNPOを運営するスポーツドクター。大学卒業後、慶應義塾大学付属病院の内科医となるが、医師としての適性に疑問を抱き、スポーツ医療の道へ。映画「パッチアダムス」でクオリティ・オブ・ライフの重要性に開眼。慶應義塾大学スポーツ医学研究センターを経て、37歳のときに独立。以降、トップアスリート、芸術家、ビジネスマン、企業などのメンタルトレーニング、複数のバスケットボールチームの運営、講演、セミナー、書籍執筆など、スポーツ、医療、教育、芸術、ビジネス等の世界で八面六臂の活躍を見せている。
【主な資格・役職】
- 日本体育協会公認スポーツドクター
- 日本医師会公認スポーツドクター
- 認定産業医
- 医療法人杏会理事
- NPO法人キッズチアプロダクション理事
- 都立三田高校学校連絡協議会委員
【主な監督チーム】
- バスケ・クラブチーム「エクセレンス」監督
- 車椅子バスケ「No Excuse」アドバイザー
- 聾バスケチーム「Rough」監督
- チアリーディングチーム「ライブリーズ」監督
【主なサポートチーム】
- レラカムイ北海道バスケットボールチーム 2007~
- ラグビー日本代表チーム 2006~
- NECラグビー部 2005~
- 慶應義塾大学バスケットボール部 1990~2001
- 全日本車椅子バスケットボールチーム 1999~2004
【主なサポート選手】
- 和智健郎 / 喜理子(競技ダンス) 2005~
- 柳沢将之(プロサッカー) 2005~
- 小池葵(プロボディボーダー) 2002~2004
- 芹澤信夫(プロゴルファー) 2000~2004
- 佐藤文机子(プロライフセーバー) 1998~2004
- 平澤岳(プロスキーヤー) 1995~2003
- 野田秀樹(プロレーシングドライバー)1999~2000
【カンパニーチームドクターとしての主なサポート企業】
- 株式会社東京スター銀行
- 株式会社ジャパネットたかた
- 全日本空輸株式会社 客室本部
- 株式会社ドリームコーポレーション
【主な書籍】
『仕事に活かす集中力のつくり方』(ぱる出版)
『感じて動く』(ポプラ社・指揮者佐渡裕氏との共著)
『スラムダンク勝利学』(集英社インターナショナル)
『ほんとうの社会力』(日経BP)
●そのほかの書籍についてはコチラ
【関連リンク】
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取材・構成/山下久猛
写真/bushi-HONDA |

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